DEAI NO EKI OKAZAKI ひと、まちストーリー
岡崎のひとの想いに触れるインタビュー。
家康公も愛した和の観葉植物を次世代へ。日本で唯一の万年青の女性伝道師
宝生園四代
水野圭子さんインタビュー
一年を通して美しい緑色を保つため、古来「繁栄」を象徴する縁起ものとされてきた「万年青(おもと)」。家康公が江戸城入城の際に床の間に飾り太平の世を築いたことから「引越しおもと」の風習が広まったそう。そんな万年青を日本唯一の女性専門家として栽培する宝生園四代・水野圭子さん。その魅力や想いをお伺いしました。
創業1885年。戦後、東京から岡崎へ。
「宝生園のはじまりは、万年青が好きだった祖父が東京の鈴木宝生園(初代鈴木勝治郎・明治18年開業)の夫婦養子になったことでした。初代から跡を継いだ祖父は駒込で店を構えていましたが、第2次世界大戦の東京大空襲で全焼。岡崎に戻って商いを再開し、現在に至ります。孫で3姉妹の三女である私を跡取りと考えていた祖父は、幼い頃から万年青のさまざまな話をしてくれました。紆余曲折ありましたが、姉とともに万年青に本格的に関わるようになったのは、35歳頃。今や全国で15軒しかない万年青の業者。女性専門家は私だけです。」
宝生園の温室では約3000鉢の万年青が管理されています。整然と並ぶさまに愛情を感じます。
「今は温室でとても便利ですが、私が幼い頃は露天作りなので雨が降ると両親が急いでシートを掛けていました。また冬になると、木で囲いを作って管理していました。雨が降ると父母が飛び起きてシートを掛けに行っていましたね。」
観葉植物としても奥が深い万年青
「万年青は、基本的にきちんと手入れすれば、50年でも60年でも生き、長く楽しめるもの。失敗して根っこが駄目になっても、翌年の春になれば新根が出てきて復活し、脈々と新しい葉を出しては古い葉を落とすの繰り返し。『繁栄』を意味する縁起ものとされるゆえんです。サイズも小さいものから大きなものまでさまざま。品種も1000種類以上あります。未登録のものも入れたら限りがありません。日本万年青協会という団体があり、審査に通ったものだけが番付表に掲載されます。」
穏やかに、笑いを交えながらお話をする水野さん。温室に降り注ぐやわらかな日差しに照らされる万年青を眺めながら、さらにその魅力に迫ります。
「春になると、芽吹きの力強さでどんな葉が出てくるのかなというワクワク感がありますね。1年で伸びる葉は、羅紗系の万年青はたった1枚半とか2枚。人間が赤ちゃんから幼児になり、中学生、高校生、大学生、青年と変化していくように、万年青も少しずつ変化していくんですよ。幼い頃と大人では姿が全く違う品種もあったりするので、大きくなるとこんなふうになるのよ!という変化がすごく楽しいし、おもしろい。
愛着が湧いてくると今度は上手につくるためにはどうしたらいいかなとか、いろいろと考えが浮かんでくるんです。万年青の楽しみ方はさまざま。小さいのが楽しいっていう人もいれば、大きいのが良いって人も。同じ品種でも、葉が凝縮されているものは年数を重ねていて味わい深い。一方でふわっとしている若木には、これから年数をかけて修行していくんだというみずみずしさがある。そんな楽しみが無限にあるんです。鉢も、派手な物から渋い物まであり、万年青に似合う鉢を見つけるのがおもしろい。わざわざ専用の鉢を特注する方もいらっしゃるんですよ。」
ほとんどが1点物。万年青の「鉢」。
戸棚にずらりと並ぶ万年青専用の鉢。3本脚の独特なスタイルの鉢が、万年青にとても馴染むそう。
「江戸時代の後期ぐらいに3本脚のスタイルが生まれ、明治時代には完全に確立されました。今でも安城と高浜にある窯元で焼いてもらうことができます。15年ほど前までは全国に9軒あったのですが、今ではもうこの2軒しか残っていません。
絵柄は古典的なもの以外にも、現代アートの絵描きさんを探してお願いしています。同じ鉢を5個お願いしても全く同じようには描けないので、鉢はほとんどが1点物になりますね。自分で絵付けするのも、楽しみのひとつ。『暮らしの学校』で絵付け体験をやっていて、焼き上がった鉢に万年青を植えて育てることもずっとつづけています。鉢合わせをする楽しみも含めて広がっていくといいかなと思って。」
万年青を知らない人にもその魅力を知ってほしいと、さまざまな場所で活動する水野さん。じっと待っているより自ら行動を起こすことが、たくさんの出会いや発見のきっかけになっています。
「地元のイベントなんかにはよく顔を出させていただいていますね。今は静岡支部のお手伝いもしていて、花鳥園で『万年青展』を去年からやり始めました。今年も開催します。静岡の人達っていろいろな植物に興味のある人が多いんですよ。土地柄なのでしょうね。そういったこともとても面白くて。
東京では組合の行事があり、11月の終わりに全国大会があったのですが、コロナ後は従来のマニアのお客さんたちがあまり来なくなった代わりに、若い世代の方達がいっぱい来てくれました。YoutubeやInstagramから万年青を知って興味を持ってきましたという人たちがかなりいて。世代交代の波が来ているのかなと感じています。その方々のために、もうちょっと頑張らないとですね。」
万年青の知名度を上げ、楽しむ人を増やしたい。
SNSの普及などもあり、これまで届くことのなかった若い世代にまで万年青の魅力が届くようになったことを肌で感じている水野さん。今後の活動についてお伺いしました。
「やっぱり万年青をもっとたくさんの人に知ってほしいですね。万年青って何?と言われないぐらい、認知度を上げたいなって昔から思っていて。万年青っていう日本にある縁起物の植物、くらいの認知度まで上がると嬉しいなと思っています。去年、万年青に興味を持ってちょっと1つ育ててみようかなっていう人がたくさんいらっしゃいました。ただ、持って帰ってもどう管理していいかわからないってことがあるじゃないですか。だから公式LINEを作って1か月に1回その時期の育て方を発信しているんです。そうすることによって、不安も少しずつなくなって育てられるのかなって。そんなふうにやっていくと1年ずつのベースができてきて、次の年にはそこからもうワンステップ、あのとき言われたからこれ注意しよう、今の時期はこうだったなってペースがつかめて来ますよね。せっかくご縁があって、こういうマニアックな植物のところまで興味を持ってくれたのだったら、やっぱり楽しく育ててもらえたら嬉しいですね。」
歴史ある万年青を、次の世代へ。幼い頃に祖父が語ってくれたように、今は水野さんが全国の方々へと万年青の魅力を届けている。その姿そのものが、時間をかけて次の葉を茂らせていく万年青のようだと感じました。